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アパルトヘイトとは? 意味や地理における重要性を解説!

 

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理系地理マスターひろ
夏休みに猛勉強するも、9月のマーク模試での得点は半分以下と撃沈。 そこから、効率の良い地理の勉強法を発見し、センター試験本番までの4ヶ月で得点を倍増させた。 その経験を生かし、多くの地理に困っている大学受験生を救いたいと思い、この『受験地理短期マスター塾』を開設。詳しい自己紹介はこちら

どうも、ひろです。

今回は、アパルトヘイトについて簡単に解説していきたいと思います。

アパルトヘイトって聞いたことはあるけど、なんだっけ?
地理が苦手 たろう
地理が苦手 たろう
理系地理マスターひろ
理系地理マスターひろ
テストでもたまに出てくるから、この記事を読んでしっかり抑えておこう!

「アパルトヘイト」という言葉は聞いたことがあるけど、詳しく説明することはできないという人も結構いると思います。

しかし、アパルトヘイトは人種問題を扱う上で重要な話なので、しっかりと理解しておいた方がいいです。

というわけで、「アパルトヘイトとは何か」という話から、「地理の試験ではどこが大事なのか」について説明していきます。

アパルトヘイトに関する知識が曖昧だなと思う人は、ぜひ今回の内容は確認していってくださいね!

舞台は南アフリカ!

早速アパルトヘイトの説明に入りたいところですが、まずはアパルトヘイトがどこで起きたのかが分からないと始まりません。

そもそも、アパルトヘイトが起こった場所はどこでしょうか?

正解は、アフリカの国である、南アフリカです。

地理では、そこそこ頻出の国なので、場所はすぐに出てくると思いますが、一応確認しておきましょう。

南アフリカといえば、ヨーロッパ人が大航海時代に喜望峰に到達したこともあり、ヨーロッパからの移民も増加したという歴史があります。

そういったこともあり、異なる人種が住んでいるということもアパルトヘイトの要因のひとつです。

アパルトヘイトとは?

南アフリカの位置も確認できたところで、実際にアパルトヘイトの中身に入っていきましょう。

アパルトヘイトは、人種隔離政策とも呼ばれ、黒人などの有色人種に対する差別のことです。

大航海時代から住み着いていたオランダ系の人と、後に南アフリカの金やダイヤモンドを目的にやってきたイギリス人が南アフリカには住んでいました。

これらの白人は、自分たちの利権を守るために黒人に対してアパルトヘイトと言われる人種隔離政策をとりました。

元々黒人に対する差別は続いていたのですが、第二次世界大戦後に明確に制度として定められ、1991年に廃止されるまで約40年間続いていくことになります。

具体的な政策

具体的にどんな政策が取られていたのか気になると思うので、具体的な政策について軽くまとめておきます。

  • 人種ごとに住む地域が定められ、黒人は都市部から離れた地域に集団で住むことを強制された
  • 黒人は自由に国内を移動することも、家族で移住することも禁止された
  • バス、電車、レストラン、ホテル、公園、トイレなどあらゆる公共施設は白人と黒人で分けられた
  • 異なる人種で結婚することが禁止された

こうしてみると、アパルトヘイトがいかに酷いものだったかがわかりますね。

実際、こうした政策は国際的にも強い非難を受け、1991年の廃止へと向かっていくわけです。

アパルトヘイト撤廃への歴史

それでは、アパルトヘイトがどのような歴史を辿っていったかを確認してみましょう。

歴史を確認するといっても、テストでここまで細かく問われることはあまりないので、参考程度に読んでおくだけで大丈夫です。

出来事
1910 南アフリカ連邦が成立
1948 オランダ系住民中心の政権がアパルトヘイト四法を制定
1962 ANC(アフリカ民族会議)指導者だったマンデラを逮捕
→アパルトヘイトに対する国際批判が高まる
1976 黒人居住地域ソウェトで反乱が発生
1991 アパルトヘイト関連法が廃止
1994 マンデラが大統領に就任、アパルトヘイト全廃
1996 全人類が平等とする新憲法が採択される
※アパルトヘイト四法
  • 人口登録法:人種別に出生登録を義務付ける
  • 公共施設分離利用法:人種によって公共施設の利用を制限
  • 土地法:人種によって土地の所有を制限
  • 集団地域法:人種によって居住・営業地域を制限

 

このような流れによって、アパルトヘイトはなくなっていくわけですが、白人と黒人の間にできた経済格差はすぐにはなくなりません。

そもそも、教育を十分に受けることができなか黒人がいきなり給料の高い職業につくことは難しいですし、黒人の失業率も依然として高くなっています。

このような実際の格差がなくなって、本当の平等になるのには時間がかかってしまうのです。

ネルソン・マンデラの活躍

先ほどの年表でもマンデラという名前が出てきたと思いますが、マンデラさんはかなり有名な人なので頭の片隅にでも入れておくといいでしょう。

マンデラは、1964年に国家反逆罪で終身刑になったのですが、1990年に釈放されます。

そして、1994年には黒人初の南アフリカ大統領になるわけです。

アパルトヘイトの一連の問題を平和的に終結させて、南アフリカの民主主義の土台を築いた実績が評価されて1993年にはノーベル平和賞を受賞しています。

このように、マンデラの尽力があったからこそ南アフリカのアパルトヘイト問題は解決に導かれたのです。

アパルトヘイトのまとめ

いかがだったでしょうか?

アパルトヘイトの意味や問題点、歴史まで理解することができたのではないでしょうか。

というわけで、最後にアパルトヘイトについてまとめておきます。

アパルトヘイトのまとめ

南アフリカでは、第二次世界大戦後から1991年まで、アパルトヘイト(人種隔離政策)が行われていた。

  • 有色人種の差別
  • 白人の優遇

アパルトヘイトについては、上のまとめをしっかり理解しておけば大丈夫でしょう。

実際に過去のセンター試験では、アパルトヘイトに関する正誤問題も出題されているので、しっかり頭に入れておきましょう!




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